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千葉地方裁判所 昭和53年(む)141号 決定 1978年5月08日

成田市三里塚四四番地

申立人

三里塚芝山連合空港反対同盟

右代表者委員長

戸村一作

右申立人代理人

井上正治外

右の者から司法警察員がした差押処分に対する準抗告の申立があつたので、当裁判所は検察官の意見を聴いたうえ、次のとおり決定する。

主文

司法警察員が昭和五三年四月七日ないし同月八日別紙(二)記載の建物についてした差押処分は、これを取り消す。

理由

第一本件申立の要旨及びこれに対する検察官の意見

申立人は、主文と同旨の裁判を求め、その理由として、申立人は別紙(二)記載の建物(以下本件建物という。)の所有者であつて、主文掲記の差押処分(以下本件差押という。)を受けたが、これは差押をする必要性が全くないのに、本件建物を申立人の構成員やその支援者に使用させないことによつて、新東京国際空港建設反対闘争を封じこめるという不法な政治的治安目的のため、捜査権を濫用してなされた違法なものであり、また、本件差押手続については、申立人の構成員熱田一がその立会、さらには押収品目録の交付を求めたのに、いずれも理由なくこれを拒否したとの違法もある旨主張する。

検察官は本件申立に対し、申立人は法人格をもたず、その法的性格も不明であるうえ、申立人が本件建物の所有者であることも証明されていないので、本件申立はそれ自体不適法であるのみならず、本件建物は証拠物として証拠価値が大きく、かつ没収すべき物にも該当して、これを差押えておく必要性は十分にあるし、本件差押手続に違法と目すべき点もないとしている。

第二当裁判所の判断

一千葉地方裁判所裁判官が逮捕番号成田警察署二一七〇号に対する兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害、殺人未遂被疑事件(被疑事実の要旨は別紙(三)記載のとおりである。)について発した差押許可状により、司法警察員が昭和五三年四月七日午後二時一五分から翌八日午後六時五五分の間に本件建物を差押えたことは、本件記録上明白である。

二送付を受けた捜査記録、弁護人提出の証拠資料及び当裁判所のした事実取調の結果によれば、申立人は法人格こそないが、従来社会関係において一個の社団として活動し、かつそのように取扱われ、民事訴訟手続中で当事者能力を認められたこともあるものであることが明らかであるから、申立人はいわゆる法人格なき社団として物を所有し、その所有物について刑事訴訟法上の権利を行使することができるというべきである。

また、本件建物は、申立人の議決機関である実行委員会が建設計画を決定し、申立人の構成員において、敷地の使用承諾を取付けたうえ、建設期間中は毎日当番制で工事現場に出て、対外的な工事責任者の役割、作業の一部、食事の賄い等を分担しつつ、その建設に従事して完成させたものであり、資金、資材、労力等については支援者から多大ともいえる援助を受けているものの、支援者のうちに申立人以外に本件建物の所有者がいることを主張するようなものは皆無であることが認められ、他に申立人の所有を否定すべき特段の事情もうかがわれないので、本件建物の所有権は申立人に帰属しているとするのが相当である。

したがつて、申立人は本件建物の所有者として本件差押に対し有効に準抗告の申立ができるものであつて、本件申立は適法といわなければならない。

三そこで、同様関係の証拠に基き本件差押の必要性について検討を加える。

まず、本件被疑事件の経緯を概観すると、千葉県警察本部長を総指揮者とする警察官らは、新東京国際空港の開港予定を控えて同空港内外の警戒警備に当つていたところ、昭和五三年三月二五日午前一一時七分ころ、本件建物に立てこもつていた者らが突然本件建物の屋上に鉄塔を作り始め、同日午後五時ころにはその鉄塔が航空法の許容する高さをこえるとともに、同屋上に多数の兇器となるものが用意されていることも発見されるに至つたため、本件建物内にいる者らを航空法違反及び兇器準備集合の罪で現行犯人として逮捕することを決定し、同日午後六時一〇分ころから警察部隊を動員して本件建物の周囲に配置したり、本件建物内に突入するための各種機材の手当てに取りかかるなどし、同日午後一一時過ぎころこれらの準備を完了したが、右現行犯逮捕のほか、あらかじめ発付を受けていた捜索差押許可状(約一か月半以前他の場所で発生した別件兇器準備集合等被疑事件によるもの)の執行をあわせて行なうことにし、同日午後一一時三〇分ころこれを開始するや、本件建物内にいた者ら数十名は前記被疑者を含め、右の直後からし烈な抵抗を続け、特殊部隊が同屋上に立入つた翌々二七日午後六時ころまで、本件建物周囲で活動中の警察官らに対し同屋上から大小のパチンコ、洋弓、石塊、火炎びん等を使つて攻撃を加え、その後も同日午後七時四八分ころまで前記鉄塔上の足場にあがつていた者ら四名が鉄塔に取付きあるいは取付こうとする警察官らを洋弓、コンクリートブロツク、鉄パイプ等で攻撃し、別紙(三)記載のような被疑事件が発生するに至つたと認められる。

本件建物が右犯行に利用された場所として証拠物に当ることに、疑問の余地はないと同時に、これによる立証の対象となる右被疑事件については、前記鉄塔設置をめぐる違法性の強弱、別件捜索差押許可状の請求時期や執行時期の当否等について問題がなくはないにせよ、その態様、罪質等の面で重大視されてもやむをえない要素が多分に含まれるともいつてよい。

しかしながら、本件建物のごとき可動性をもたない巨大な不動産については、それがどのような犯行についての証拠物であつて、その証拠価値がいかに高かろうとも、直接公判に顕出することはできず、検証等を経て書証等に転換されて初めて証拠調の対象となるので、一般にいつて、その保全のためには検証等を十分にしておけばよく、そのような物を公判に備えて差押えておくまでの必要性のある場合はごく稀であると考えられる。

このことを本件建物についてみるならば、前記犯行は、周囲に何らさえぎるもののない本件建物内において、警察部隊が取囲み、地上、そして空中からも採証専門の係員が活動する中で、長時間にわたり敢行されたものであり、犯行状況そのものについてすら、現認者にこと欠かず、種々の角度から多数の写真が撮影されるなどもしているうえ、その直後本件建物の内外から、犯行の用に直接間接使われた兇器その他の物件がこれもまたきわめて多数押収されていることが明らかであるから、本件建物の本体がさほど重要な証拠価値をもつものかはそもそも疑問であるばかりでなく、本件建物については、その構造が簡明なものであるのに、犯行終了間もなくから数次に及んで捜索、差押、検証等が繰り返され、その細部に至るまで解明し尽されているといつて過言でない。

検察官は、公判段階において犯行場所を再現立証することが必要となる趣旨を強調する。しかし、そうであるならば、検察官において右で述べた警察段階での検証等に加えて、独自の検証等を行つた形跡のないことが何故なのか、まずもつて問われなければならず、このことは別にしてみても、前記犯行中最も重大で、かつ最も微妙な立証が求められるのは殺人未遂の点であるが、その犯行場所であつて、犯行そのものに利用されもした前記鉄塔は(差押許可状の被疑事実は別紙(三)のとおりであるが、起訴状によると、起訴にかかる殺人未遂の公訴事実は鉄塔上の行為に限定されている。)、本件差押の以前に行われた別個の差押によりすでに本件建物から除去されていて、それを再建することは不可能に近いし、さらに、本件建物の内部も本件差押を含む三回の差押を経て、可動物件がほとんどすべて搬出されたほか、造作まで取りこわされるなどして、犯行時の状態を回復するのはきわめて困難な現状にある。再現立証なるものが公判段階で必要となるのか、疑いをさしはさむ余地が少なからずあるうえ、本件建物を差押により保全しておいても、実効性のある再現立証が可能となるとはにわかには考えがたい。

もつとも、公判段階において本件建物の検証を行うことが全くありえないこととまではいえないが、本件建物は縦横各一一メートル余、高さ約一〇メートル、わずかの通風口、間仕切り、配管等のほか付帯設備の一切ない、部厚くコンクリートを打ち放しただけの、きわめて堅ろうな完成ずみの建築物であつてみれば、悪意による移動や毀滅が不可能なのはもとより、毀損や加工も原型に痕跡を残さずに行うことは困難であり、たとえ証拠隠滅をはかる者らによつてどのように手が加えられようとも、本件建物について通常の検証が実施しえなくなるとは想像することができない。

このように考えて来ると、本件建物は証拠として重要性をもつものか疑わしいばかりか、公判段階での証拠調を予定して差押により現状を保全しておくほどの必要性のある証拠物であるとはとうてい思われない。

そしてさらに、本件建物は、通常の住居や事務所として使用するには適さないため、取引価値などはないにせよ、長年にわたり新東京国際空港建設に反対する運動を推進して来た申立人の側においては、その構成員や同調者の心の支えないしは右反対運動のシンボルとして、場合によれば広報活動の手段や場所、集会の場所等として、法令の許容する範囲内でもそれなりの有用性を有するものであることも全く否定しさることはできない。

以上の諸事情を総合するときは、前記犯行が法秩序に対するあらわな挑戦ともいうべき意味合いを有し、その態様等も軽視できないものであること、本件建物が前記犯行のごとき事象の起ることを予定して建設されたとみられないでもなく、約一か月半以前にも同種犯行の場となつていることなどを考慮してもなお、本件建物に対する差押は刑事手続における証拠保全の必要性の枠を明らかにこえたものと断ぜざるをえない。なお、検察官は本件建物が没収すべき物に該当する旨をも主張し、本件建物が刑法一九条一項二号所定の犯行供用物件に当るとされる余地がないとはいえないが、同条二項本文の要件を充すような事実関係があるとはうかがわれず、検察官の右主張は容易に受け容れがたい。

四してみれば、申立人のその余の主張について判断するまでもなく、本件差押はその必要性が明らかに認められないものであつて、本件申立は理由があるので、刑事訴訟法四三二条、四二六条二項により主文のとおり決定する。

(横田安弘 門野博 八木正一)

別紙(一) <前掲>

別紙(二)

千葉県山武郡芝山町香山新田

字横山一一五番一所在

鉄筋コンクリート造地下一階地上三階

建坪約一三〇平方メートルの建物

別紙(三)

被疑者は、ほか多数の者と共謀のうえ

一、昭和五三年三月二五日午後四時頃から同月二七日午後六時頃までの間、千葉県山武郡芝山町香山新田字横山一一五番地の一所在の通称横堀要塞において航空法違反被疑者の検挙活動に従事中の千葉県警察本部長警視監中村安雄指揮下の警察官の生命身体に危害を加える目的をもつて前記多数の者と共に火炎びん、石塊、洋弓、金属製バネを使つた飛び道具等を所持して集合し、

二、前記日時場所において、前記任務に従事中の前記警察官らに対し火炎びん、石塊を投げつける、洋弓を射る、金属製バネを使つた飛び道具を使つて金属モリを射る等の暴行を加え、もつて火炎びんを使用して右警察官らの生命身体に危険を生じさせるとともに同警察官らの職務の執行を妨害し、

三、同日午後六時頃、前記横堀要塞において、前記任務に従事中の警察官が、クレーン車を使つて同要塞屋上鉄塔の上部及び屋上に分散し、前記警察官をめがけて手持ちパチンコで、鉄片石塊を発射する、洋弓を射る、人頭大のブロックを投下する、火炎びん、石塊を投げつける等して鵜沢秀男等六名に対し、全治一四日から五日間位の頭部打撲傷等の傷害を負わせたにとどまり、その目的を遂げなかった

ものである。

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